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新潟の冬と夏を楽しく暮らせる住まいをつくりました。
(中村)田中さんに自然素材の家「ピュア」のモデルハウス第1号の設計をお願いしたのは、新潟ご出身で雪国の暮らしもわかってくださる方だからです。
(田中)家づくりには風土を無視することができません。冬に日照が少なく、反対に夏は日照が多く湿気も高い新潟の気候条件の下で、冬暖かく夏涼しい家をどうつくるか。
ピュアのモデルハウスは、小さめの家にストーブを置き、吹き抜けを通して家じゅうが温まる、大らかな空間のある家になりました。
吹き抜けは冬が厳しい新潟では無理という常識があったのですが、大幸独自の工法で可能になったのです。
(中村)ナチュラル・エア・パック、略してNAP工法というものです。一言でいうと、機械設備に頼らずに、冬には太陽から取り込んだ熱を逃がさずに家を包み、夏は地面からの涼しい空気を取り入れて家を包む、“自然な空気の包装”みたいなものです。
(田中)モデルハウスの設計は、若い夫婦と幼い子どもの4人家族が2階建て35〜36坪内で気持ちよく楽しく暮らせるようにという想定です。
そのために親子がいつも一緒にいられる「家族室」を家の中心としてつくりましたが、新潟ではそれが「座」の室だと考えました。私が子どもの頃は囲炉裏の時代。暖を取る場所はそこしかなかったこともあり、貧しいながらも家族がいつもいっしょにいたので子どもがグレるようなことはなかったのです。
今思うと、囲炉裏は日本の優れた“コミュニケーション装置”。その「座のたまり場」の上が吹き抜けになっていて二階ともつながっている。冬の洗濯物干しのためにサンルームも設けましたよ。
シックハウスや化学物質過敏症を引き起こしたこれまでの家づくり
(中村)家族室の床は厚さ27ミリの檜無垢板、2階の床は杉無垢板。オール国産無垢材、珪藻土塗り壁、できるだけ安全な塗料や接着剤を使用し、今できる最大限安全な住まいをつくりました。
(山下)これからの家づくりに欠かせない条件が2つあると思います。
一つは化学物質を可能な限りゼロに近づける方向、もう一つは「地域主義」ということです。1番目からお話しましょう。
昔は、家の材料は木、土、紙といった自然に還る素材しかなかったこと、機械がないのでたいへんな労力と技で家を建て、大切に使い、材を使い回したものです。しかし戦争で焼け野原になった都市を復興するために戦後は、「早く・安く・大量に」が求められ、それが家づくりにおいても美徳となりました。大工や職人の代わりに工場の機械が主役になり、アメリカ式のプレハブ住宅が全国に広まりました。
そういう効率的な家づくりに化学物質は必要不可欠ですから、家の建材や施工に大量に使用され、その結果、住んだ人に病気を引き起こすようになりました。シックハウス症候群や化学物質過敏症などです。
(中村)なにしろ、60m2の家で使われている接着剤の総量が平均的にドラム缶1缶を越えているといわれています。
(山下)25年前、ゼロ歳児のアトピー比率は3%だったのが、現在では20〜30%、東京都心に至っては5割という報告があります。
化学物質過敏症になると保育所や学校に行けなくなり、教育を受ける権利が守られない事態も実際に起きています。過敏症も20年後に10%とか20%台になる可能性が十分あるのです。そうなると、教育の場とか公共の場というのが建築的に成立たなくなることも起こり得ます。
(中村)家を建てることで病気をつくるという今の家づくりは、田中さんがおっしゃる「住む人の健康」条件に100%反する現実です。
地域の工務店が全国展開の大手ハウスメーカーと対抗するのに大手と同じやり方をしたために、工務店もシックハウスの原因をつくってきたことは事実。
今、「自然素材の家」と謳っている工務店でも、たんに木や珪藻土を使っているといったイメージだけのことが多く、実際には以前と同じように化学物質漬けというのが実態だと思います。
「地域主義工務店」がめざすは地域を豊かにすること
(山下)工務店は自分の建てた家が、住む人の健康はじめメンテナンス、リフォーム、解体に至るまで責任をもてる家づくりをする、そう意識した工務店が「地域主義」に目覚めた。
家づくりを通して家族が、地域の自然環境や人、風土から生まれたデザインを含むモノづくり文化などにふれ、理解し、その中で暮らす。「大幸宣言」は歴史的・社会的役割があると思いますよ。
(中村)「地域主義工務店の会」で学ぶうちに、これまで地域工務店がいかに狭い視野しかもたず、少ない情報に頼って家づくりをしていたかが分かりました。
安全に対する世界的な大きな流れの中でお客さんにより安全・安心な家を提供していくためには、「地域」の中でそれを保証できる循環の仕組みをつくり、素材、デザインともに地域に根ざした住まいをもう一度つくりあげていくこと。
そのことによって、地域の人も自然環境も豊かにしていくことができたら、そんなに幸せな仕事はないと思っています。
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